裏ヴァージョン [松浦理英子・2000.10]  から 

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「すみません。」、不意に自転車に乗った男に声をかけられ、空想に熱中しかけていた千代子はびくりとして立ち止まる。「<TUTAYA>はどこでしょうか?」。千代子はこの町の住人ではないが、来馴れた町なので要領よくレンタル・ビデオ屋への道順を男に教え、男が走り去った後、今の自転車はプジョーだった、男の履いていたスニーカーはパトリックだった、ポロシャツはラコステだった、何というフランス野郎、ビデオ屋ではリュック・ベッソンの映画でも借りるのだろうかと考え、その間にせっかく進めた性的な場面が中断されたばかりではなく、盛り上がった性的な気分さえ彼方に消し飛び、自分が平和な商店街をもさもさ歩いていても違和感のない普通の気のいいおねえさんとなっていることに気がついた。こうしていったん中断された空想は、続きから再会しても迫力を伴わない、初めからやり直さなければならない。
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(第九話 千代子 から)

 

20枚の短編を毎月書かなければならない。計15編。めまぐるしく変わる主人公と場面。「私の名前は磯子でも何でもいいけど、これだけは言っておく。二度と私を小説に出すな」などと主人公にレス書き込みさせる構成がひとりNET気分と同期させてくれる。全米マゾヒスト地位向上委員会など 素材も楽しい。上の一節の前後の千代子の空想が読ませどころですが おっさんとしては、あえて気分的にココを引用。
       

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